津軽富士に登るリンゴ~青森県津軽地域~

1. 森林景観の特徴

1-1. 津軽全体におけるリンゴの分布

人々の生活空間をとりかこむように分布する。山麓に分布するだけでなく平地にも点在し、遠景・中景・近景のいずれでもリンゴ畑の被視頻度が高いと考えられる。


図1 リンゴの全体分布

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1-2. 地形別のリンゴ畑の分布の景観特徴

リンゴ畑の分布を地形や他の要素との関係性により分類すると、川沿い平地型、平地型、斜面地型、谷(山地)型に分けることができる。樹高が低めであり、剪定された特徴的な樹幹(特に開心形の面的に広がるざらざらしたテクスチャ)を持つことから、リンゴ畑の林縁は上記の4タイプのいずれも明瞭である。

    1-2-1 川沿い平地型

自然堤防に立地し、起伏が小さい。川沿い、特に岩木川沿いに線状に広がる。河川、リンゴ畑、線状の集落、水田の並ぶ形である。


                           宅地                  リンゴ畑                 河川                                                 田

図2 川沿い平地型のモデル

写真1 川沿い平地型(出典 日本の山河46 青森)

    1-2-2 平地型

起伏が小さい平地に点在する。集落・住居および広大な水田との組み合わせで分布する。



                                     宅地                  リンゴ畑                                  田

図3 平地型のモデル

写真2 平地型

    1-2-3 斜面地型

比較的緩やかな山麓傾斜部に面的に広がる。集落と森林にはさまれるかたちで、標高100mから200mを中心に分布する。



              田        宅地                                                    リンゴ畑                                                                森林

図3 平地型のモデル

写真3 斜面地型

    1-2-4 谷(山地)型

地形が比較的急な山麓傾斜部に線的に広がる。集落と森林にはさまれるかたちで、標高100mから200mを中心に分布する。



                                                         リンゴ畑      宅地    河川   田                                             森林

図5 谷(山地)型のモデル

写真4 谷(山地)型

1-3. リンゴ畑の林内景観

リンゴの樹形は主幹形と開心形に分かれる。両方の形とも単一種類のリンゴの木がライン状に規則正しく並ぶ。


                             主幹形(わい化)                                                         開心形

図6 主幹形と開心形のモデル

主幹形では、木が上に伸び、樹高は4mである。列と列との間は3~5mであり、一列の中での木と木の間は3mぐらいである。開心形は中心幹を切り取り、樹形は上と横の方向に伸びる。樹高は4mである。列と列の間は6~8mであり、一列の中での木と木の間は6mぐらいである。

  
写真5 主幹形                                                                                                                                                                                写真6 開心形

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1-4. その他

春はリンゴの花によりピンクの色が広がり、秋は果実の赤色、黄色が広がる。冬は雪景色のリンゴ畑を見ることができる。このようにリンゴ畑の景観は季節性を持つ。また、岩木山(津軽富士)とリンゴ畑の組み合わせは象徴的な景観となっている。

  
写真7 岩木山(1)(出典 日本の山河46 青森)                                                                       写真8 岩木山(2)(出典 日本の山河46 青森)

2. 森林景観を支える背景

2-1. リンゴの生育条件

リンゴは春夏秋冬、四季のはっきりとした温帯地方独特の限られた地域にのみ栽培される果物で、 四季の持つ微妙な温度の変化と太陽の光を十分に吸収して育ったものだけが、甘味・酸味の配分がよくなる。

春の平均気温が5℃以上になるとリンゴは生育を始める。一定期間以上低温にあわなければ休眠が破れない。やがて花を咲かせて実をつける。良好な着色を得るには秋口からの低温が必要で、果実の貯蔵性も冷涼な条件下で高まる。着色の適温は15~20℃である。雨量が比較的少ないことと相まって、病害の発生が少ない。旱魃を受けない限り、降水量は少な目のほうが有利である。気温が高く、日照の多いことが成熟を早める。津軽地域は暖かな夏と冷涼な春秋および厳寒な真冬という気候を持ち、リンゴの栽培に適していると考えられる。

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2-2. リンゴの栽培フロー

1月の終わりから剪定、土壌改良、薬掛け、草刈り、授粉、摘花・摘果を順番に行う。5月からリンゴに袋をかけ、8月から9月までに袋をはき、リンゴを回して色をつける。そして、秋に収穫する。

1月の終わりから3月にかけ、むだにのびた枝や雪の重みでおれた枝などを切りとる作業を行う。土壌改良のために4月中ごろから6月の終わりまでに数回にわけて肥料をまく。春から夏にかけて、リンゴの木の養分をうばう草を刈り、病気や害虫からリンゴを守るために薬もかける。また、授粉、摘花・摘果の作業を行い、確実に実になり、色が良く育つようにする。病気や虫からリンゴを守るためと色づきをよくするため、リンゴに袋をかける。8月から9月までに袋をはき、たくさんの太陽の光が当たるように、果実の回りの葉を取り、リンゴを回して色をつける。そして、秋に収穫する。

こうした栽培フローから、春には花のあるリンゴ畑の景観を、秋には果実が数多く実ったリンゴ畑の景観を楽しめることがわかる。


図7 リンゴ栽培の流れ(出典 JAつがる弘前)

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2-3. リンゴの剪定方法

生産性向上のため樹形の改良とリンゴ剪定技術の改進を続けてきた。これにより特徴的な樹形が生まれてきた。

今現在は摘果作業や機械の導入のために列状に植えている。また、防風・防雪、作業のしやすさのために樹高を低く、枝を横に伸ばしている。平地では1m高さ以下の枝を切り、傾斜地では2m以下の枝を切るようにしている。こうした剪定方法により、特徴的なテクスチャをもつリンゴ畑ができている。


  明治10年代              明治後期                  大正2-10年                 大正後期                 昭和初期                    昭和

  樹高8m                   樹高5-6m                 樹高4m                      樹高4.5m                 樹高4.5m                   樹高3-4m

  放任                        階段作り                  一段作り                      半円形                    総合半円形                わい化栽培

                                                                                                                               (開心形)                    (主幹形)

図8 リンゴの木の剪定方法の変遷

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2-4. リンゴの定着過程

明治10年頃に政府からリンゴの苗木が配布されることにより、リンゴの栽培が始まった。現在、津軽地域は日本一のリンゴ生産地であり続けている。

2-4-1 明治10年頃

明治政府が繁殖させたリンゴの苗木をモモ、サクランボ、ナシ、ブドウなどの苗木とともに、各府県に均等に3回配布した(1874年、1875年、1876年)。このとき青森県にもリンゴが導入され、県庁の菊地楯衛(旧弘前藩士)が導入されたリンゴの試植を担当した。帰農政策のため、リンゴの試植が士族中心になされ、試植場所は士族の宅地内が多かった(市街地内)。その後、敬業社などの士族結社によりリンゴ園が開園され、消費者は主に弘前周辺の住民であった。

2-4-2 明治20年頃

敬業社などの高率配当に刺激され、土地集積をした水田地主・豪商によりリンゴ園が開園されていった。市街地内では手狭になり、弘前南方の畑地や原野などにリンゴ園を作るようになった。リンゴ生産量が伸び、函館や京浜方面に販路を開拓していった。(1891年上野-青森間が鉄道でつながる。1894年青森-弘前間が開通。)

2-4-3 明治30~40年頃

病虫害激発の危機により、他県では栽培を縮小していった。一方、木洗い・袋かけなどの防除技術で危機を乗り越えた津軽地域は、リンゴの筆頭産地としての地位を確立していった。また、日露戦争による景気上昇を背景に、収益性の高いリンゴの生産量が増加していった。他の畑作物が不適とされる傾斜地においても良品質のリンゴが生産できることから、斜面地の部落有秣場が開発されていった。秣場は病虫害に冒されていない場所であり、部落有地であるために地代が安かった。日照に恵まれた岩木山東南面や西北からの風がさえぎられる西北面で特にリンゴ園が増えていった。

2-4-4 大正期

不作が続き、病虫害への対処などの栽培改善運動が展開され、生産者全体に病虫害防除技術などが浸透していった。技術の集約化、経営の縮小化が志向され、小・零細経営のリンゴ園が増加していった。流通も複雑になり、阪神方面へも販路が拡大していった。

2-4-5 昭和戦前期

大正期の不作後は飛躍的にリンゴ生産量が伸びたが、世界恐慌と昭和農村恐慌のあおりで経営は圧迫された。このころから栽培への機械導入が進んでいき、その後さらに生産が拡大し、インフレとあいまって好況に転換した。戦前まで生産は伸び続けたが、戦時下では主要食糧ではないリンゴへの抑圧政策がとられ、リンゴ生産量が減少した。資材・人手不足によりリンゴ園が壊滅状態になった。

2-4-6 昭和戦後期

昭和22年に「リンゴの唄」が国民的愛唱歌になり、リンゴ生産量は回復し、リンゴブームになった。また、昭和20年には農地改革がなされ、大部分は部落有地である小作園が解放された。昭和30年代からはリンゴの果汁生産やわい化栽培が本格化した。昭和40年代にはそれまで主力品種だった国光の割合が減り、ふじなどが伸びた。一方、プロパンガスなどの普及により薪や木炭の需要が減少し、その供給源であった山々の役割がなくなっていった。そして、国営事業で岩城山麓が開発されるなど、山裾でリンゴ園が開園した。さらに、基盤整備事業などにより高所まで農道が整備され、標高の高いところにリンゴ園がつくられるようになった。また減反政策により平野部の水田がリンゴ園に転換されるようになった。

2-4-7 現状

現在は少子高齢化による担い手の問題などを抱えるも、最大のリンゴの生産地であり続けている。

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3. 津軽の基礎情報

3-1. 立地と人口

本報告では、リンゴ栽培面積の多い弘前市・黒石市・五所川原市・森田村・泊村・岩木町・相馬村・西目屋村・藤崎町・大鰐町・尾上町・浪岡町・平賀町・常盤村・田舎館村・碇ヶ関村・板柳町・鶴田町を対象地に(平成の大合併前の市町村)した。青森県の西部に位置する。面積は198,148 ha、人口は412,267人である(2005年)。


図9 調査対象地(白地図KenMap Ver8.32より作成)

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3-2. 地形と交通

平地に取り囲むように山地丘陵地が広がる。平地中央に岩木川が流れ、西に岩木山が位置する。

津軽地域の主要交通網としては奥羽本線、五能線、弘南鉄道、東北自動車道、国道7号線があり、青森空港も整備されている。


図10 津軽地域の地形(出典 靑森懸新誌)

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3-3. 気候

冷涼で、冬は冷たく湿った空気が奥羽山脈にぶつかり津軽地方に雪を降らせる。春から秋に日較差が大きい。

  
図11 月ごとの平均気温                                                                      図12 月ごとの降水量
  
図13 月ごとの日較差                                                                          図14 月ごとの日照時間

(注 全国平均は日本の平年気温(気象庁定義)の算出に用いる17都市を代用)

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3-4. 土地利用


赤:果樹園  緑:水田  紫:市街地  青:水域

図15 (国土地理院地形図より作成(五所川原1989、青森西部1996、弘前1995、黒石1996))

田は19,941 ha、果樹園は15,428 ha、畑は1,510 haである(2005年農林業センサスより作成)。稲作と果樹栽培が多い。その中、経営耕地の41%、果樹栽培面積の97%がリンゴ畑である。面積にして、津軽地域のリンゴ畑は全国の48%、青森県の92%を占める。また、青森県のリンゴ栽培面積は減少に転じている。


図16 津軽地域のリンゴ栽培面積と農家数(2005年農林業センサスより作成)

図17 青森県におけるリンゴ栽培面積の推移 (青森県リンゴ百年史(1955年まで)、農林水産統計情報総合データベース(1956年以降)より作成)

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参考資料:『新編弘前市史  通史編1』、『靑森懸新誌』、『リンゴのすべてⅠ』、『図説  青森県の歴史』など

2009年 小野田哲郎、王鄭、潘璐

現地調査日程 2009年6月25日〜28日

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published on 2010-4-22
©2008 Laboratory of Forest Landscape Planning and Design
東京大学大学院 農学生命科学研究科 森林科学専攻 森林風致計画学研究室