石川県 輪島市のアテ林業

~地域の概況と基礎情報~

<地域の概況>

【土地と交通】

(1) 位置・地勢
 輪島市は本州中央部日本海に突き出た能登半島北西部に位置している。能登半島は全体になだらかな丘陵地となっている。輪島市の周辺には宝立山(471m),鉢伏山(544m)などの標高300~500mの山地が連なっており,それらが海に迫っている。輪島市中心部や旧門前町中心部などの主要な市街地は小河川の形成した沖積平野に位置しているほか,谷筋にも三井地区のようなまとまった集落がある。海岸線は80kmに及び,能登半島国定公園に指定されている。
(2) 沿革
 物理的に大陸と近かったことから古墳時代から奈良時代にかけて大陸文化が伝来し,中世には長氏の統治を受けて港町としての土台を固めることとなった。近世になると加賀藩前田家の統治下に入り,海上交通の発展とともに漆器産業が盛んになった。
 明治21年の大合併後に旧輪島町,町野村,剱地村など1町20村にまとめられたが,明治41年にはさらに1町16村,昭和5年に櫛比村が門前町となって2町15村,昭和15年に町野村が町野町となって3町14村となった。昭和29年,旧輪島町を中心に南志見村,河原田村,鵠巣村,三井村,仁保村,大屋村が合併し旧輪島市が誕生,また門前町を中心に黒島村,諸岡村,本郷村,浦上村,七浦村が合併し旧門前町が生まれた。その2年後の昭和31年には町野町が旧輪島市に入り,剱地村が旧門前町に編入され,1市1町体制が50年間続くことになる。平成18年の大合併の際に旧輪島市と旧門前町が統合され,現在の輪島市となった。

f.1: 輪島沿革史(輪島市作成)

(3) 交通
 2001年にのと鉄道七尾線が七尾~輪島駅間で廃線となってからはバスが唯一の公共交通機関となり,のと里山空港から30分,金沢駅から2時間となっている

【気候】

f.2: 雨温図

(National Oceanic and Atmospheric Administrationより筆者作成)

 輪島市の気候は上記雨温図のとおり,日本海側の地域に特徴的な気候を示す。特に冬は湿った北西の季節風が吹きつけるため,曇りがちであり(日照時間が50時間程度となる),多量の降雪が見られる。

 

【産業】

(1) 林業

f.3: 林業経営の特徴(2010年農業センサスより)

 非常に零細な林家が多い。

  輪島市を含む奥能登地方は国有林がわずかにあるのみで,残りは公有林と私有林である。石川県健康の森などの県有林や保安林を除くと,森林面積の80%以上が私有林である。輪島市に限ってみると,林家1戸あたりの林地面積は1970年から2010年までに250m四方程度から1?弱にまで増加しているものの現在に至るまで零細林家が多い。アテ林は元来、穴水町と旧輪島町を中心とする地域に分布しており、現在でも穴水町、門前、浦上、三井をはじめとする旧輪島町の南西に多く存在している。なお、穴水町を付近にはクサアテが多く存在し、旧輪島町周辺部にはマアテが多く存在する。これは、輪島塗の発達に伴って、木地となるマアテが地理的条件に従って旧輪島町周辺地域に多く植栽されたためではないかと考えられる。林業はこの地方の基幹産業であり,林業の活性化が地域の活性化につながると言える。

表1 2013年における市町村別林家数と1戸あたり保有林面積(奥能登の農林業より)

(2) その他第一次産業
 農業…主要なものとして稲作
 漁業…輪島港は石川県内一の水揚高を誇る。
(3) その他の産業
 観光業…年間100万人以上が訪れ,その時期は5月,8月,10~11月となっている。輪島朝市は日本三大朝市の一つとして全国的な知名度を誇り,多くの観光客が訪れている。

 輪島塗…室町時代より漆器作りが行われていたと考えられている。
 
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~景観の特徴~

1.スギとアテ、広葉樹の多様な混交パターン

遠・中景

 f.4 輪島地域での典型的な遠・中景

 アテ、スギ、広葉樹が入り混じる混交パターンとなる。主にアテとスギの植林地が 一定の面積の広がりを持ち、その周囲を様々な種類の広葉樹が取り囲むように存? 在する。アテ、スギの濃い緑と広葉樹の薄い緑、アテ、スギの鋭さと広葉樹の柔らかさのコントラストがみられる。

近景

①スギの一斉林
スギの皆伐林。景観変化が激しい。

 

②アテ-アテ林

 f.5 アテ-アテ林の林縁景  f.6 アテ-アテ林の林縁景

成熟したアテ林の林縁、林内に幼アテが植樹される。前面が幼アテとなり、その背????? 後に成長したアテが見えるが、林間には幼アテの樹冠が見え隠れする。

 

③アテ天然生林

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f.7: アテの天然生林

広葉樹に囲まれ、小さな面積で自生する。樹形、樹冠形がまちまちで、うっそうとしたイメージになる。

 

④スギとアテの混交林

f.8: スギとアテの混交林

 近年、スギ林内にアテを樹下植栽するケースが増えている。しかし、耐陰性が強いアテとはいえども、林縁部または間伐により明るくなった林内でなければ十分に成長できない。そのため、スギ群落を取り囲むようなかたちでアテの幼木が存在するような景観になる。外部から眺めると、手前に樹高が低いアテ林が見え、その奥に成熟したスギ林が見えるというかたちになる。このタイプが現在の輪島においては増えてきている。
アテ‐アテ林・スギ‐アテ林いずれにおいても、アテは結実しづらく、初期成長も遅いため、天然林以外は空中取り木または挿し木での更新となり、クローンを大量生産することになる。結果、森林は整然とした様子になる。

 

2. 林内景観

林内にはアテの幼樹を植えることが少ないため、ほぼ上層を構成する樹種とその施業(間伐、下草刈り)の難易によって林内景観が形成される。
 具体的には、アテは施業の手間があまりかからないため、下に表すように、密度が高く、下草もしげる場合が多く、うっそうとした印象を与えるが、スギではアテに比べ、そうした印象が薄い。
 しかし、試験場のアテ‐アテ林の一部では林内で伏条更新がなされており、以下のように親樹に寄り添うように子樹がはえ、2本で1組で成長し、見え方が通常と異なる。これがかつて伏条更新が盛んになされていた時代のアテ‐アテ林本来の姿となる。林業が活性化すると、このように地域特有の景観が立ち現われてくることとなる。

f.9: アテ林の林内景観 f.10: 伏条更新を含むアテ林の林内景観

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~景観と生活の関わり~

<景観の成立要因>

1. アテに関する景観変化

アテ林業の起源には、約800年前または約400年前に東北地方からもたらされた(青森ヒバ)という渡来説と、元々天然にあったものを活用して広がったという在来説がある。一方、縄文遺跡からアテ材が出土していることから、有史以前にすでに能登にアテが存在していたことが明らかとなっている。また、奥能登地域には天然生林が点在しており、東北地域や佐渡の天然林との遺伝的関係を調べた研究では、いずれの林分とも一致しないが佐渡の天然林により近いという結果が報告されている。また、石川県内で選抜されたアテの品種系統は、遺伝的に県内の天然生林に近いものがあるようである。これらのことから、アテは元々能登地域に天然に存在していたものと考えられる。

―「よくわかる 石川の森林・林業技術 No.15 能登のアテ(能登ヒバ) 」平成28年3月発行

石川県農林総合研究センター林業試験場―

一斉植林される前の時代、アテのみの択伐林の単位面積当たりの蓄積量が少ないことを考えると、アテの択伐林施業は、小面積ながら活発に行われていたことが予想される。

f.11: かつての輪島地域の様子

輪島におけるアテ林の変遷についてまとめると、かつては主にアテとスギの植林地が一定の面積の広がりを持ち、その周囲を様々な種類の広葉樹が取り囲むように存在する形であった。現在では、アテが材として高品質であり材価が高いことやアテが輪島の土地に合った樹種であること、耐陰性に優れることから、スギの人工林の下層植栽としてアテが植えられる形が増えてきている。そして将来的には、輪島地域ならではのアテ‐アテ林をつくっていくことが期待される。

 

2. アテの生育条件

材質的に優れ、材価も高いが、初期成長が遅いため、人工林の対象とされてこなかった。しかし、耐陰性に優れるため、複層林施業において、下層の植栽として注目されている。現在では、スギを上層においた複層林施業の下層植栽に用いられていることが多い。しかし、暗い林内で育成できるほどの耐陰性があるわけではない。

????????????? →林縁の下層植栽としてのアテ。複層林施業。
f.12: スギとアテの混交林(下層にアテが存在している)

 結実しにくく、実生苗は発芽後の成長率が極めて低いため、林間ざし、伏状更新が主な更新方法であったが、1997年時点では、「普通、苗畑での挿し木苗の養成と空中取り木がほとんどで、1年目の秋、または2~3年目の秋に山出ししている。」とある。現在ではほとんどが空中取り木になっている。

????????????? →林縁に直接挿すため、ある一定間隔をもって植えられる。

 

f.13: 空中取り木の様子 f.14: 発根した苗木

 

3. アテの施業方針

耐陰性に優れるため、下刈りを潔癖に行う必要性が少なく、人件費の削減になる。枝打ちは、1回目を15年生のころ樹高の3分の 1くらい打ち落とし、2回日は、その後5~10年目 に行うのが能登での慣行となっている。一般的に能登地方では、胸高直径が大きくなったものから伐り出す「なすび伐り」という伐採方法が採られる。また、林間挿しが主流のため択伐しか行えず、転がして運搬することができないことから、肩に担いで伐木を運び出す「コロかつぎ」という地域特有の運搬方法が用いられていた。近年多くなった、スギ人工林にアテを樹下植栽する長期育成循環型施業体系図は以下の通りである。

f.15: 長期育成循環型施業体系図

 

4. アテの利用

アテは製材するとやや黄味を帯びた白色を呈し、光沢と独特の芳香がある。耐久性が高く、主に建材として利用され、近年では金沢城や首里城の修復、千枚田ポケットパークや住宅などに用いられている。また、輪島塗の木地にはマアテが利用される。輪島塗が発展した要因として、近隣にアテ、ケヤキ、ウルシ、輪島地の粉など、材料となる素材が豊富にあったことや気候風土が漆器作りに適していたこと、古くから日本海航路に寄港地として材料や製品の運搬に便利であったことなどがあげられ、輪島塗の発展にともない能登アテの利用も進んだと考えられる。しかし、アテが積極的に伏条更新され、輪島塗の生産が盛んだった頃から時間が経過した現在では、吟味が求められる漆器づくりに利用するアテの目利きが出来る人間は輪島地域に現在一人のみという状況となってしまっている。今後は、輪島地域ならではのアテ?アテ林を広げていくとともに、建材をはじめとしてアテを積極的に利用していくことが期待される。

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~参考文献・参考資料・参考URL・ヒアリング調査~

【参考文献】

  1. 農林水産省『2010年度世界農林業センサス報告書』(2010)

  2. 輪島市『平成26年度版 輪島市統計書』(2015年1月9日公開)

  3. 石川県奥能登農林総合事務所『奥能登の農林業』(平成27年5月発行)

  4. 石川県農林総合研究センター林業試験場『よくわかる 石川の森林・林業技術 No.15 能登のアテ(能登ヒバ)』(平成28年3月発行)

  5. 石川県農林水産部『能登のあて』(1997)

  6. 石川県林業試験場『アテ造林史』(昭和47年11月3日発行)

【ヒアリング調査 (2015/11/10~2016/11/12&2016/5/19~2016/5/20)】

  1. 石川県奥能登農林総合事務所 森林部 林業振興課長 藤田功雄様

  2. 輪島市産業部 漆器商工課 産業振興室次長兼漆器振興係長 細川英邦様

  3. 石川県農林総合研究センター林業試験場 主任研究員 小谷二郎様

【参考資料】

  1. 気候データ National Oceanic and Atmospheric Administration  www.noaa.gov/

  2. 基本データ 輪島市『平成26年度版 輪島市統計書』(2015年1月9日公開)

  3. 輪島漆器商工業協同組合・輪島漆器会館『輪島塗』(パンフレット)

 

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2015年 山島有喜, 須藤啓志, パク エンビョル, 秦 晴, 新井智之

現地調査日程 2015年11月?2016年07月

HOME調査事例 神島(詳細)
published on 2011-?-??
©2011Laboratory of Forest Landscape Planning and Design
東京大学大学院 農学生命科学研究科 森林科学専攻 森林風致計画学研究室